高原火山群の地質

2023.04.20:ページの更新
2023.07.19:語句の修正

このページの目次

高原火山群の概要

 このページでは高原火山群の地形と地質の特徴をご紹介します。

 高原山は栃木県北部にそびえる1700 m級のいくつかのピーク (鶏頂山、釈迦ヶ岳、西平岳) を総称した呼び方です。これらのピークは溶岩からできていますが、火山としては既に活動を終えていて、山体の浸食が進んでいます。


第二いろは坂黒髪平展望台から望む高原火山群 (南西方からの遠望)。3つのピークと中央に刻まれた深い谷 (野沢) が目立ちます。1991年2月撮影。画像をクリックすると説明の有無が変更可能。[画像クリックで拡大]

 山頂をなす山々のほかにも、高原山にはいくつかのピークが見られます。それらは別々の溶岩からできており、全体として高原火山群を形成しています。地形陰影図では新しい溶岩ほど深い谷が未発達で、平滑な表面を成しているのが見て取れます (八方ヶ原など)。また、高原山の北方に位置する塩原盆地はカルデラの一部をなしており、これも高原火山群の活動と関連付けられています。


高原火山群とその周辺の3D地質図。南東側上空からの鳥瞰イメージ図。高原火山群には多数のピークがあり、それぞれ別の溶岩からできています。全体の中では富士山だけがひときわ新しい火山で、地質図上でも区別されています。画像をクリックすると説明の有無が変更可能。[画像クリックで拡大]
出典:産総研地質調査総合センター 外部リンク「栃木県シームレス地質図」 外部リンク および地理院地図 傾斜量図 外部リンク を利用。3D地質図 はこちら 外部リンク


八方ヶ原大間々台の展望台から北東方の眺め。大間々溶岩と呼ばれる溶岩流のつくる平坦面が山の上に広がっています。左寄り遠方に見えるのは那須火山群。2000年2月撮影。[画像クリックで拡大]

 高原火山群の地質については、多くの研究の蓄積があります。本ページでは、主に池島・青木 (1962)、伴ほか (1992)、井上ほか (1994)、奥野ほか (1997)、布川ほか (2008) に基づいて、その概要をご紹介します。

塩原カルデラと大田原火砕流

 高原火山群の活動は、約40万年前頃に始まったと考えられています。その最も初期の火山活動で大量の火山砕屑物を放出する巨大噴火が起きました。その結果、地下にあった莫大な量のマグマが放出され、地表が陥没して塩原カルデラが形成されたのです (カルデラ噴火)。噴出した火山砕屑物は火砕流と降下堆積物となって栃木県北部を広範囲に覆いました。火砕流堆積物は大田原火砕流堆積物と呼ばれ、矢板市周辺に厚く積もっています。塩原カルデラについてはこちらのページ大田原火砕流についてはこちらのページをご覧ください。

火山体を形成した噴火活動

 塩原カルデラの形成後、高原火山群は、安山岩の溶岩流噴出を中心とする活動に変わります。この時期の火山活動により、釈迦ヶ岳や鶏頂山、西平岳、明神岳などのそれぞれの山体が形成されていきます。これらの山体の斜面は連続したなだらかなスロープを呈していますが、それらの多くは溶岩流の表面が作った地形で、溶岩ローブの形状が残されている場所もあります。ただし、明確な噴出源 (火口) と認められる地形・地質は残っておらず、全体に浸食が進んでいます。


大間々溶岩の板状節理。ちょうど尾根に沿った方向に伸びています。八方ヶ原大間々台から剣ヶ峰に至る登山道にて1990年8月撮影。[画像クリックで拡大]

 高原火山群の溶岩からはいくつかの放射年代が報告されていますが、広い分布域から見れば一部分に留まっています。塩原盆地南側の上ノ原台地を構成する溶岩と後述する黒曜岩の年代は20~34万年前の範囲にあり、多くが約30万年前頃を示しています (Itaya et al., 1989、布川ほか, 2008)。黒曜岩の分布地域は標高約1,500 mの尾根に位置しているため、この頃には既に現在の火山地形の原型ができていたと考えられます。

 非常に多くの溶岩を噴出・流下させた高原火山群ですが、その主な火山活動は、およそ10万年前にはほぼ収束したと考えられています (井上ほか, 1994)。その後の浸食のために、高原火山群の山体にはいくつかの深い谷が形成されています。地質図を見ると、その谷底に火山の基盤をなす古い地層が露出している場合があります。また、南麓にある立室山は、高原火山群の噴出物が広がる斜面に、基盤である白亜紀の花崗岩が顔を出している場所に相当します。したがって、塩原カルデラ以外の場所では基盤岩がかなり標高の高い位置にまで伏在していることが分かります。


東荒川ダムからのぞむ高原山。3つのピークは、左から西平岳、中岳、釈迦ヶ岳。地質図によれば、これらのピークの間にあるV字谷の底には基盤岩が露出しています。1991年4月撮影。[画像クリックで拡大]

 深い谷と浅い基盤の組み合わせは、山麓での豊富な地下水の湧出を生み出しました。南麓にある尚仁沢では、環境省の名水百選にも選ばれた湧水があり、遊歩道や水汲み場が整備されています。


塩谷町の尚仁沢湧水。尚仁沢の右岸側に当たる斜面から豊富な湧き水が流れ出しています。尚仁沢湧水は環境省の選定した名水百選に選ばれています。1993年5月撮影。[画像クリックで拡大]

最新の火山活動

 高原火山群は多数の溶岩により山体を形成した後、長い休止期を迎えますが、完新世になって再び火山活動が起こります。これについては後述します

黒曜岩の発見と火山層序

 高原山から石器の原材料となる黒曜石が産出することは、古くから知られていました。高原山産の石器は栃木県内に加えて茨城県や千葉県の遺跡から出土しているほか、富山県の遺跡からも産出の報告があるなど、道具に適した岩石の質の良さが好まれたようです。しかし、その正確な原産地が特定できたのは、実は2005年と比較的最近のことです。それまで定かではなかった流紋岩 (一部は黒曜岩) の溶岩および火砕岩の分布が明らかになったのです。

 この発見は、野外地質の面からは二つの意味がありました。ひとつは、高原火山群にはまだ未発見の岩体があり得ることです。流紋岩の分布はごく狭い範囲にとどまっていたうえ、その場所も近年まで登山道のないアクセスの不便な尾根の上でした。高原火山群はとても広い範囲を占めているため、実はまだ知られていない火山活動があるかも知れません。もうひとつ、黒曜岩の分布を調べることで、それまでの通説であった火山層序の見直しが必要にもなりました。すなわち、高原火山群の北側に分布する溶岩類が先に噴出し、釈迦ヶ岳をはじめとする山頂を構成する溶岩が後から噴出したと考えられていたものが、逆の順序である可能性が提起されたのです (布川ほか, 2008)。


高原火山群の火山層序の現状を示した図。高原火山群のうち、北側に位置する前黒山・明神岳・上ノ原などに分布する溶岩類と、南側に位置するミツモチ・剣ヶ峰・釈迦ヶ岳・西平岳などに分布する溶岩類のどちらが先に活動していたか、今後解決されるべき課題です。[画像クリックで拡大]

 高原火山群にはいくつものピークと多数の溶岩がありますが、分布地域の離れた溶岩の上下関係 (活動時期の前後関係) は直接の証拠がないことが多く、必ずしも明確にわかっているわけではないのです。高原火山群の詳細な活動史の解明には、もう少しデータの蓄積が必要です。

完新世の火山活動

 気象庁のウェブサイトを見ると、高原山は活火山として登録されています (気象庁のウェブサイト | 高原山のページ)。その理由は、高原山北麓にある富士山の活動年代が約6500年前で、活火山の定義である「概ね過去1万年以内に噴火した火山」に該当するからです。

 この時の噴火は、富士山の溶岩ドームとその周辺の降下テフラ (上ノ原テフラ) からなります (奥野ほか, 1997)。高原火山群の占める広大な分布域に比べると、必ずしも大規模な噴火ではありません。しかし、その火山活動はいくつかの点で特徴があります。

  • 西北西-東南東方向に伸びる多数の断裂を伴っていること
  • これらの断裂群が、かつては活断層の可能性があると考えられていたこと
  • 断裂群の一部が地すべりの滑落崖であるという見解があること
  • 高原火山群の火山活動は主に安山岩質マグマなのに対し、デイサイト質マグマであること
  • 高原火山群の中では、唯一現在でも噴気活動が見られること


富士山とその周辺の3D地質図。南西側上空からの鳥瞰イメージ図。この図の横方向に伸びるのが断裂群。画像をクリックすると説明の有無が変更可能。[画像クリックで拡大]
出典:産総研地質調査総合センター 外部リンク「栃木県シームレス地質図」 外部リンク および地理院地図 傾斜量図 外部リンク を利用。3D地質図 はこちら 外部リンク

 断裂群は平行に延びる正断層によってできています。最も幅の広い箇所は富士山東側にある大沼園地で、自然研究路で一周することができます。富士山は幅の広い断裂をふさぐようなかたちでそびえています。地すべりについては、「栃木県の地すべり」にある「塩原の巨大地すべり?」で詳しく解説しています。


東側 (大沼) から望む富士山。1999年1月撮影。[画像クリックで拡大]

 富士山はデイサイトの溶岩ドームです。その西側にも同じようなドーム状の山がありますが、こちらには新しい溶岩は見られず、マグマの貫入で地表が持ち上げられた地形 (潜在溶岩ドーム) と考えられています。その西の端に高原火山群では唯一となる噴気地帯があります。


「爆裂噴火跡」と言われる噴気地帯。新湯の東側の斜面に広がっています。新湯から富士山に登るコース脇から2018年5月撮影。[画像クリックで拡大]

関谷断層と高原火山群

 高原火山群の東方には、活断層である関谷断層が南北に延びており、山地と平地を境しています (関谷断層の活動については「栃木県の地震と活断層」のページを参照)。関谷断層が繰り返し活動してきたため、西側の山地は隆起しており、高原火山群の基盤を成す地層が強い変形を受けたり、地すべりが発生したりしています。

 このため、高原火山群の溶岩なども変形を受けていると考えられます。八方ヶ原 (特に学校平付近) のとても平坦な地形面は、その東側が隆起している影響があるかも知れません。また、関谷断層沿いの一部には高原火山群の溶岩によるせき止めでできたと考えられている湖成層 (赤滝湖成層) が残されていますが、現在では隆起により平地の段丘を見下ろすような高い位置に分布しています。

3D地質図で見る高原火山群

 3D地質図で、高原火山群の地形と地質の特徴をご覧ください。

高原火山群の地質

高原火山群の地質

(産総研 栃木県シームレス地質図)

富士山周辺の地質

富士山周辺の地質

(産総研 栃木県シームレス地質図)

 3D地質図の使い方は、「3D地質図の使い方」を参照して下さい。

参考文献


修正履歴:
 2023.7.19:[語句の修正]潜頂丘→潜在溶岩ドーム