栃木県の地すべり

全体的な特徴

 日本は山がちな国土ということもあり、たいへん地すべりの多い地域もあります。栃木県は特に地すべりが多発する県ではありませんが、各所に地すべりはあります。

栃木県の地すべりの分布図。防災科学技術研究所の「地すべり地形分布図」から栃木県地域を抽出したもので、オレンジ色が地すべり地塊を表しています。
地すべり地形GISデータ:国立研究開発法人 防災科学技術研究所 地すべり地形分布図 外部リンク 地理院地図 白地図 外部リンク を利用してQGISで製作。

 上の図を見ると、地すべりはやはり主に山地に分布しています。その分布パターンには地域的な特徴があり、火山の近くでは規模の大きな地すべりが点々と見られる一方、足尾山地や八溝山地では規模は小さいものの、多数の地すべりがあることが分かります。

 栃木県の地すべりに対する土砂災害警戒区域は「とちぎ地図情報公開システム 外部リンク」でご覧いただけます。

地質との関係

 日本の地質のうち、地すべりの主な要因としてよくピックアップされるのは、一般に以下のような地質です。

  • 片理の発達した三波川変成岩
  • スレーキングしやすい珪藻質泥岩
  • 風化・変質しやすい火砕岩 (しばしば通称「グリーンタフ」とも)
 このうち、栃木県には三波川変成岩は分布しません。また、珪藻質泥岩はほとんどが丘陵地や段丘の基底に分布しており、傾斜の大きい山地には見られません。新第三紀から第四紀の火砕岩の地域に関しては、山地では確かに多くの地すべりがありますが、丘陵地ではほとんど見られません。したがって、地質が主な要因というよりは、険しい山地であること、火山に近く温泉変質が進みやすいことなどがより影響しているものと考えられます。足尾山地と八溝山地に見られる小規模高密度型の地すべりは、付加体の岩石の分布域とほぼ一致しており、地質の特徴を反映している可能性があります。

 地すべりの発生では、地質構造も重要な要因です。地層のように種類の異なる岩石が層構造をなしている場合、斜面の性質は地層の向きで変わるからです。

地層の傾斜方向を基準とした斜面の区分。地層と斜面の向きが同じ流れ盤斜面では、地すべりが発生しやすくなります。
出典:産総研地質調査総合センター 外部リンク絵で見る地球科学「斜面の区分」 外部リンク

 もうひとつ、地質構造の関係する要因としてよくあるのがキャップロック構造です。これは、相対的に柔らかく変形しやすい地層 (例えば泥岩や凝灰岩) の上に、硬く重い地層 (例えば溶岩など) が重なっている状態です。斜面がキャップロック構造になっていると、上にある重い地層が地すべりを起こしやすいのです。開析された少し古い火山体の末端部 (例えば女峰山、太郎山など) に発生しやすい地すべりです。

塩原の巨大地すべり?

 「地すべり地形分布図」では、塩原温泉の南方 (高原山北麓) に、幅約7 kmにも及ぶ巨大地すべりが描かれています。塩原温泉街のある箒川の谷に向かい、高原山の北麓が滑り落ちてくる形態をなしています。

塩原の巨大地すべり?東西約7 kmに及ぶ規模で、最上部に多数の正断層と噴火口、そして溶岩ドームがあります。
地すべり地形GISデータ:国立研究開発法人 防災科学技術研究所 地すべり地形分布図 外部リンク 地理院地図 標準地図 外部リンク を利用してQGISで製作。

 この地域には高原火山の溶岩が広く分布しており、台地状の平坦面を形成しています。しかし、その下位には木の葉化石を多産することで知られる湖成層 (主にシルト質の泥岩) が存在しています。一方、上部には約6500年前に活動したと考えられている富士山溶岩ドームがあります (「第四紀の火山岩類」も参照)。また、富士山溶岩ドームの両側には西北西-東南東方向の地溝状の正断層群と噴火口列が見られ、これが「巨大地すべり」の頂部に相当します。これらのことから、通常の地すべりとはやや違うプロセスで形成されたことが連想されます。

新湯-大沼周辺の正断層および噴火口と、冨士山溶岩ドーム。高原山北麓に当たるこの周辺では、土地は南から北へ傾斜していますが、その斜面を斜めに切って地溝状の凹地が連続しているのが分かります。
地理院地図 標準地図 外部リンク地理院地図 傾斜量図 外部リンク地理院地図 陰影起伏図 外部リンク を利用してQGISで製作。

 「地すべり地形分布図」の著者のひとりは、この形成過程を次のように考察しています (大八木, 2002)。

  1. 湖成層は地下水に富んでいた。
  2. 約6500年前に西北西-東南東方向の断裂に沿ってデイサイトマグマが上昇してきた。
  3. マグマに熱せられた地下水が大量の水蒸気となり、上盤の傾動変形 (地すべり) を引き起こした。
  4. 地すべりによって発生した西北西-東南東方向の亀裂に沿って、マグマは水蒸気噴火を起こすとともに、一部は地表に達して富士山溶岩ドームを形成した。

 このシナリオで想起されるのは、火山でしばしば発生する山体崩壊です。栃木県内でも那須火山では何度も発生していますし、福島県の磐梯山は1888年の水蒸気爆発で「小磐梯」と呼ばれる山体が崩壊してしまいました。北米ワシントン州にあるセントヘレンズ山では、1980年の噴火で大規模な崩壊を起こし、大きくえぐられた山体内に溶岩ドームができました。塩原も、山体崩壊の一歩手前だったのかも知れません。

セントヘレンズ山の1980年噴火。地震と共に山体崩壊、マグマ噴火が立て続けに起こったことが知られています。引き続いた活動では、溶岩ドームの生成と爆発による崩壊が繰り返されました。
出典:Lipman and Mullineaux (eds.) (1981) (Public Domain) 外部リンク の写真を組み合わせて制作。

 塩原近辺では活断層である関谷断層の逆断層運動に見られるように、東西方向の圧縮応力が働いています。このような場合、マグマは最大圧縮力の方向に伸びた岩脈として貫入することが知られています。富士山の周辺に発達する正断層群が地下の岩脈の上昇経路を示すのであれば、この地域の圧縮の方向は、断層の走向方向である西北西-東南東ということになります。

 実は、高原山にはこの富士山周辺以外にも西北西-東南東方向の谷地形が見られます。高原火山の3D地質図でご覧になってみてください。

参考文献

CC-BY