新第三紀前期の地質

2023.04.20:ページの更新
2023.07.19:語句の修正

 白亜紀の末から古第三紀の初めにかけて火山が活動した後、栃木県がどのような環境だったかはわかりません。この間の地層が残っていないのです。白亜紀の陸上火山の後、次に続く時代の地層として残っているのは、前期中新世後期 (約1800万年前頃) と考えられている火山の地層と陸成の堆積岩です。そして、日本海の誕生という大きな変動に伴い、栃木県にもさまざまな地質学的イベントが起きたことが地層に記録されています。

陸上の火山岩

 下の写真は塩谷町に分布する溶結凝灰岩です。白亜紀の地層と同様に、高温の火山灰や火山礫が押しつぶされてできた、溶岩のように緻密で硬い石です。レンズ状に白く伸びて見えるのは、高温と重さのためにつぶれた軽石で、基質は赤褐色に酸化しています。これらの特徴は、この石が火山噴火で陸上に堆積してできたことを示しています。


塩谷町に分布する溶結凝灰岩の露頭写真。地層の断面に、たくさんの白っぽいレンズ状のもの (つぶれた軽石) が見られます。[画像クリックで拡大]
出典:産総研地質調査総合センター 外部リンク絵で見る地球科学「溶結凝灰岩」 外部リンク

 栃木県東部の茂木町周辺には、やはりこの時期に陸上で形成された火山岩類が分布しています。安山岩~流紋岩の溶岩・火砕岩が厚く積み重なり、大きな火山体ができていたと考えられます。流紋岩火山礫凝灰岩は「茂木石」として採掘もされています。また、鹿沼市街西側の丘陵に分布する玄武岩-安山岩溶岩や、栃木市の岩舟山にみられる火山礫凝灰岩 (「岩舟石」) も、この時代の火山岩です。


真岡市の「ふれあいの森いそやま」で見られる安山岩火山角礫岩。集塊岩とも呼ばれ、流動する溶岩の上下や末端部によく見られます。水冷を受けた形跡はなく、陸上で噴出した溶岩とみられます。スケールバーは全長10 cm。2017年9月撮影。[画像クリックで拡大]


真岡市の「ふれあいの森いそやま」で見られる安山岩凝灰角礫岩。火山灰 (volcanic ash)、火山礫 (lapilli)、火山岩塊 (volcanic block) が混在する石で、block and ash flowというタイプの火砕流によってできたと考えられます。スケールバーは全長10 cm。2017年9月撮影。[画像クリックで拡大]

陸上の堆積岩

 火山岩が目立ちますが、実は陸成の堆積岩も各地に残っています。特に茂木周辺や宇都宮市赤川ダムの周辺には粗い礫を多く含む厚い礫岩が見られます。礫が堆積するのは普通は山の近くであるため、長い年月のうちには浸食されてなくなることも多いのですが、厚い礫岩が残っているということは、例えば下に記すようなそれなりの理由があったものと考えられます。

  • すぐに厚い地層 (特に火山岩) に覆われて保護された。
  • 深い凹地を埋めたため、削られなかった。
  • 沈降が続いたため、削られることがなかった。
  • など…

 これらはいずれもリフティングという地殻変動の初期段階に起こりうる現象で、栃木県でもリフティングが始まっていたことを示唆します。リフティングについては、こちらのページをご覧下さい。


宇都宮市と鹿沼市の間に位置する菊沢丘陵に分布する礫岩。ハンマーのピックの位置を境に、その上下で礫の量が変わっており、成層単位の境界と考えられます。[画像クリックで拡大]
出典:野外地質学~Field Geology~のページ 外部リンク宇都宮地域の地質 外部リンク ccby_s.png 外部リンク

海成の堆積岩

 約1500万年前頃になると、栃木県に海が現れます。この頃、日本は大きな変動の時代を迎えていました。それまでの大陸の一部が裂けはじめ、日本海となっていく構造運動が続いていたのです。このとき、東北日本側は広く海に沈みました。栃木県も例外ではなかったわけです。

 海が入ってきたため、各地に海成の堆積岩とともに海生動物の化石が残っています。たとえば、宇都宮市街地でも地層の中に貝化石が含まれていますし、市街地から北に続く丘陵でも、各所に化石が産出します。貝化石のほかにも、ときにはウニやサメの歯、腕足貝、また松の実などの植物化石も産出します。


宇都宮市の八幡山公園から産出した貝化石。浅い海の砂や泥の中に生息するツキガイモドキの仲間です。1970年代に採集。[画像クリックで拡大]

 栃木県に海が入ってきた頃、気候はとても温暖だったことが分かっています (詳しくは「日本の地質」の「熱帯海中気候事件」をご覧ください)。栃木県にもそのような温暖化の証拠は残っており、例えば鹿沼市の樅山からはサンゴの化石が見つかっています。

水中の火山活動

 大陸が裂けるということは、マグマの通り道ができることでもあります。海が広がる (すなわち陸地が沈降する) と同時に、各地に激しい火山活動が起こりました。

 宇都宮市郊外で石材として採掘される「大谷石」も、この頃にできた地層です。大量の軽石が降り積もってできた岩石で、専門用語では「流紋岩軽石火山礫凝灰岩」といいます。同様の岩石は、大谷石のほかにも各地に見られ、宇都宮市街北部の「長岡石」、鹿沼市街西の小高い山に見られる「深岩石」もこの仲間です。


「大谷石」を採掘した跡の壁面。平和観音のあるここ大谷公園では、かつて採石が行われていました。2017年11月撮影。[画像クリックで拡大]

 「大谷石」が石材として有名なので、写真や実際の露頭としては凝灰岩類の採石場や崖を目にする機会が多いと思います。ただ、火山活動は凝灰岩類の他にもさまざまな岩石を形成します。宇都宮市から日光市にかけての小高い山には、流紋岩やデイサイト、安山岩の溶岩・貫入岩が点々と存在しています。これらの石は凝灰岩より固いため風化・浸食に強く、山として残っていると考えられます。また、日光市今市北部や鬼怒川温泉周辺には、より規模の大きな流紋岩溶岩や貫入岩が分布しています。


多気不動尊の石段の脇に見られる多気山の安山岩。粗い柱状節理が形成されており、岩脈か潜在溶岩ドームの外縁部のような産状を示していると考えられます。[画像クリックで拡大]
出典:野外地質学~Field Geology~のページ 外部リンク宇都宮地域の地質 外部リンク ccby_s.png 外部リンク


流紋岩の露頭の例。顕著な流理構造が認められます。日光市砥川。[画像クリックで拡大]
出典:産総研地質調査総合センター 外部リンク絵で見る地球科学「流紋岩の流理」 外部リンク


塩谷町の国指定史跡である「佐貫石仏」の彫られている岩盤。これも大谷石と同じ時代に形成された流紋岩で、手前の鬼怒川河床にも露出しています。1991年4月撮影。[画像クリックで拡大]

 佐貫観音 |塩谷町のウェブサイト 外部リンク

 この他、分布面積は小さいですが、深成岩である花崗岩類も日光市猪倉から板橋地域に見られます。

 実は大谷石を産出する大谷層という地層は、火山噴火でできた凝灰岩だけでなく、砂岩や泥岩も含みます。この砂岩や泥岩からは貝や植物の化石、また珍しいところでは魚の化石が産出しています。したがって、大谷石のできた頃、この一帯は海だったことが分かります。

正断層の形成

 栃木県の地質図を見ると、新第三紀の地層を切る断層が各所に描かれていることに気づきます。その多くは南北方向に伸びる正断層です。リフティングで日本列島が大陸から分かれる頃、栃木県では現在の東西方向に引っ張られる力がはたらいていたことを示しています。


栃木県内の新第三紀の正断層。この時代の断層は、多くが南北方向の正断層です。[画像クリックで拡大]
出典:産総研地質調査総合センター 外部リンク「栃木県シームレス地質図」 外部リンク および 地理院地図 陰影起伏図 外部リンク を基にQGISを利用して制作。より詳しくご覧になる場合は「栃木県の地質図」をご利用ください。

 上の図のうち、男山断層はかつて宇都宮市篠井町にあった鉱山の坑道内でも観察されています。断層の名前の由来となった男山は流紋岩からできており、鉱山の鉱脈はこの火成活動と関係があると考えられています。断層は流紋岩を約80 m変位させており、また鉱化作用はこの男山断層の動きに伴って行われたとみられていることから、火成活動と断層活動が同時に起きていたと考えられています (詳しくは西原, 1964を参照 外部リンク)。

鉱床の形成

 火山活動と同時に、各地に金属鉱床が形成されました。栃木県内で最も有名なのは足尾銅山です。この他にも、同じように銅・鉛・亜鉛を主体とする鉱山が、栃木県内各地にありました。上述の篠井町の鉱山もそのひとつです。詳しくは「栃木県の資源」のページをご覧ください。

深い海の時代

 栃木県では、約1000万年前頃に海が最も広がっていたと考えられます。この時代の貝化石が現在の那須塩原市から多数産することは古くから知られており、「塩原動物群」と呼ばれて研究されて来ました。水温のやや冷たい海に生息する貝を主体とする群集です。那須塩原市和田山の「大黒岩」は、礫混じりの砂岩に多数の貝化石が含まれており、市指定の天然記念物になっています。


「大黒岩」にある塩原動物群の説明板。2014年4月撮影。[画像クリックで拡大]

 大黒岩化石層群 |那須塩原市のウェブサイト 外部リンク


塩原動物群の貝化石。淘汰の悪い礫混じりの砂岩の断面に、二枚貝 (ほとんどは一枚の殻だけになっていますが) の化石が多数見られます。那須塩原市唐滝沢にて。2014年4月撮影。[画像クリックで拡大]

 塩原動物群の栄えた頃、塩原地域では砂岩や礫岩も見られますが、那須烏山市や宝積寺付近にはより深い海に堆積する泥岩が広く分布しています。その分布地域のうち、那須烏山市の大金、および宇都宮市岡本の鬼怒川河床からクジラの化石が発見されています。


宇都宮市下岡本町の鬼怒川の河床に露出する珪藻質シルト岩。この付近で、2012年、2013年にクジラの化石が相次いで発見されました。[画像クリックで拡大]
出典:野外地質学~Field Geology~のページ 外部リンク宇都宮地域の地質 外部リンク ccby_s.png 外部リンク

 これらの岩相や化石の特徴は、塩原地域が砂地に貝の生息する海岸だったとすれば、那須烏山市や宝積寺-岡本付近はクジラが回遊する深い海で、珪藻などの微生物の遺骸や泥が静かに堆積する環境だったことを示しています。塩原にはこの時代の水底火山岩が分布しており、火山体が成長していたために水深が浅くなっていた可能性があります (詳しくは吉川, 2005を参照 外部リンク)。

参考文献


修正履歴:
 2023.7.19:[語句の修正]溶岩潜頂丘→潜在溶岩ドーム